まず、ローさんの格好が見た目的にとても暑かったのでコートは脱いでもらうことにした。最初は渋った彼もかけているエアコンは真夏のためなのだと説得すれば折れてくれた。というかそれを早く言えとさえまで言われた。いささか理不尽さを感じたがせっかく脱いでくれる気になったので言葉にはしない。
「わァお」
「・・・なんだ」
「ローさんモデルですか?カッコイイですねー」
「・・・お前は・・・、本当に直球だな」
「うん?まぁ思ったことは言わないと、損するって思ってるんで」
「・・・一理ある」
器用に片眉を上げて少しおかしそうに笑うローさんが不思議だったが、それさえも絵になっていた。シンプルな長袖にジーパンというだけであるのになんだというのだ。まあ日本人離れした彫りの深さではあるけれど。
夏なので半袖を貸したいところだったが、あいにく彼のサイズに合うものはなかった。
「ということで、これからとりあえずは居候ということでよろしいでしょうか」
「あぁ分かった・・・が、まったく海賊がおかしな話だ」
「まー海賊っても郷に入っては郷に従ってもらわないと困ります。というかこの世界で略奪とかしても捕まるだけというか、その長刀持ってるだけで捕まるんで」
「・・・不便な世界だな」
「合理化された比較的便利な世界ですよ」
ははと笑って見せるが彼は渋い顔をしただけだった。まぁもとの世界からしたらこの世界はよっぽど窮屈だろう。それでも一応常識とかは守ってもらわないと、この先が困るのだ。
「自由を愛するのもけっこうですが、ここでは職業:海賊なんて認められませんので色々と我慢してください」
「・・・チッ、具体的にはどうすればいい」
「一般人のフリしてればいいです」
「・・・大雑把だな」
「ローさんは頭の回転がよさそうなので」
「嫌味か」
「いやだな、純粋な褒め言葉ですよ」
くすくすと笑うが彼の表情は一向に変わらない。大方面倒なことになったと思っているのだろう。ってそれもそうか。異世界から来ちゃったわけだし、むしろ面倒でない方がびっくりだ。
「まぁなんかローさんは放り出したら出したで逞しく自生できそうな気もするんですけど」
「・・・」
「雨風しのげて衣食住はあった方がいいでしょう?」
「それは・・・そうだな」
苦々しい顔で、でも彼はしっかりと言葉を返してきた。そしてその手からコートを受け取るときに、捲くられた袖のために、その腕にしっかりと刻まれたタトゥーに気づいた。
「あれま、ローさんやんちゃですね」
「・・・撤回しろ、何故かその言われ方は無性に癪に障る」
「えぇ!?いやでもどうしようかな、さすがにこのタトゥーは・・・うーん」
「・・・これはどうこうできるもんでもないし、生憎おれはどうこうする気もねェぞ」
「ですよねー・・・うーん外、暑くて死にそうですけど、薄い長袖でも着てくれます?」
「・・・」
「・・・じゃぁファンデかコンシーラーでも塗りたくって良いですか?」
「・・・分かったから塗りたくるのは止めろ」
「あーでも、その指には塗るかもしれません、物騒なんで」
「はぁ、そうかよ」
ローさんは渋々というように了解してくれた。これはちょっと申し訳ないかなと思ったが、しかし腕にまでバッチリ入っているタトゥーは物々しく、日本ではあまり見かけない。ただでさえこの人、視線集めそうなのに。あとDEATHとか物騒極まりないというかなんというちゅう・・・睨むのは止めてくださいローさんあなたエスパーかなんかですか。
「まぁつまりは私の身がもたないんで、どうか勘弁してください」
「・・・どういう意味だ」
「長袖は私が隣を歩くときだけでいいんで」
言えば彼は数瞬黙した後にああ、と納得したようだった。やっぱり思ったとおり、彼は頭の回転がいい。それに、自分のことをちゃんと分かっていると思う。
「珍しいもんかね」
「外国の人には結構いるんですけど、あいにくこの国じゃレアですね」
「そうかい」
確かにおしゃれでも入れたりするらしいが、日本ではやっぱり目立ってしまうと思う。
彼は殊更やる気なさそうにため息を吐き出していた。そりゃああしろこうしろと心苦しいがこれでも最低限だけを言っているつもりである。だってもっと気をつけて欲しいことなんて山のようにあるのだ。
「しばらくは、一緒に行動しましょう?色々覚えてもらわないとですし・・・」
「分かった、かまわない」
「すいませんね、いい年してべったりなんて煩わしいでしょうけど」
「・・・どちらかというとそれはお前じゃないか?」
「あ、あーうん、それは気にしないでください、よ」
彼の言いたいことが分かってしまったので少し気まずくなってしまったが、これはいわば私がお節介を焼いているだけであった。なにより、惰性で生きてるかのような私に、何か目的があるというのは救いなのである。
「ね、ローさん、未知との遭遇ってわくわくしません?」
「・・・まぁ、分からなくはない」
「今、私そんな感じなんですよ。だから、今はローさんも肩の力抜いて、とりあえずはこの世界を楽しめばいいんですよ」
「お前は少し、抜きすぎな気もするが」
「ちょ、ほんと辛辣だな」
そういうが、少し笑った彼にそれ以上は何も言えなかった。例えば、例えばだ。彼が私に嘘をついていたとして、私はそれでも良いと思っている節がある。なぜか?それは彼に殺されても私の人生だ、と思ったところと同じところにある。そう、騙されても人生だ。でももし、もしも彼の話が本当なら。こんなに稀有な体験は他には絶対にないはずなのだ。だから、私はそれに賭けようと思っている。嘘ならば騙されてやろう、だけど、これが本当なら。
「ね、ローさん。これも何かの縁ですし、精一杯、私は協力しますよ」
「・・・フ、頼もしいな」
「・・・そうですか?」
「意外そうな顔だな?」
「お前じゃ心許ないとか言われる気がしていました」
「・・・お前の中のおれがよく分かった、撤回しろ」
「えぇ!?」
まったくとため息をつく彼が、嘘をついているとは思えない、し思いたくない。こうゆうのは、"本当"にしといた方がなにかとロマンがあるはずなのだ。
彼との日常は、驚くほど普通に過ぎて行った。私は現在、まるでこのときを狙ったかのように休職中であり、つまりゆっくりとした時間が多い。そのために必然と彼もそれに合わせる形になったのだが、どうやらローさんも時間はゆっくりと使いたい性質らしかった。朝ゆっくり起き出して、他愛の無い話をし、朝食を一緒に食べる。しかし、それが随分と心地いいことだと知ったのは最近のことだった。ある日、ふと彼が起き出さなかった日があって、その日はなんともいえぬ寂しさに襲われて。こんなにも簡単に、早く、彼が溶け込んでいる日常に愕然としたものだった。それがまず、第一に私がまずいと自覚したことだった。
けれど、そうした瞬間は思えばたくさんあって。例えば寝室は生憎自分のベットしかなくて、私が右往左往すれば、彼はさも当然のようにソファの上で寝だしたりした。それを必死になんとかベッドに寝てもらおうと思えば、「なんだそんなにおれと寝たいのか」とか、ちょっと、いや完全にアブナイ低音で言われてしまったので、結局ローさんは未だにソファの上だった。布団を買おうかと言えば、いつ帰るか分からないから良いという。そんなことにまた胸がちくりとして、これが第二に、私がまずいと思ったことだった。あとはそう、例えば私はよくリビングで転寝してしまうのだが、それがいつからか起きれば自分の寝室に戻っていた。例えば買い物をすれば、荷物は当たり前のようにさらわれる。手がかりを探しに図書館へ行って、私には届かない場所だと分かればさりげなく彼が本を引き抜いていって。それにローさんが何を言うわけでもなく、ただそう、驚くほど普通に過ぎていく。けれど気づいてしまってから、私の胸中はとても普通では居られなかった。
「~?人たらしかよ!」
「何の話だ」
「うぎゃあお!!」
「・・・色気がねェな」
「余計なお世話だよ!?」
変わらぬ軽口には慣れてしまった。それをまずいと思っている自分は確かにいるのに、振り切ることなど出来なかった。心地がいい、彼の傍は息をするのがずっと楽に思えてならなくて。こんな感覚は初めてで、最初は泣いてしまうかとさえ思えたほどだった。それは、そこに言いようのない切なさが募るからだ。そう、これはいつ失くしてしまうか分からないものなのだから。彼には彼の世界がある。それは一緒に生活していればいやと言うほど理解できて、決して彼はこちらの世界の人間ではなかった。少なくとも、この世界で育ったのではないと思わせるには十分だった。ごく当たり前に溢れているものにいちいち反応する様は新鮮であったが、同時に彼の語ったことが真実だと裏付けていくのだ。
「いっいいやぁローさんご機嫌麗しゅう」
「・・・お前はもう少し誤魔化し方を勉強した方が良い」
「いやでもそんなもの上手くなったら人間お終いだよ」
「・・・なら、なんの話か言及されても良いということか?」
「ぐっ・・・」
ク、と笑った嫌味な彼はもう最近では見慣れたものだった。しかしローさんはそれ以上何も言わず、ソファに座り借りてきた本を広げていた。それは到底理解及ばぬ英語の羅列であり、なおかつ医学書である。しかしそんな姿もさまになってしまうものだから、本当にどうすればいいかが分からないのもこれまた最近のことである。
「・・・もうちょっとでお昼ですけど、ローさん何かリクエストはありますか」
「・・・特にねェな。ただあまり腹は減ってない」
「ふむ・・・量より質でその体系・・・意味が分からない・・・!」
すらっとしているのに意外と筋肉質であることは知っている。そりゃあ海賊なのだからそうなのだろうが、風呂上りの彼とばったり遭遇してしまったことがあったのだ。幸い彼はジーパンを履いていていたのだが、上半身は裸だった。その鍛えられた筋肉に思わず目が行ってしまったのは責めないでいただきたい。我に返ったときの羞恥なんて本当にわき目も振らず蹲ってしまいたかった。悶え転げたかった。しかしそんな私を知ってかしらずか彼は私の顎に手をかけて「意外と初心だな」なんて意地悪い低音で笑うのだ。完全に私が固まったことなど言わなくても分かっていただけることだろう。
「あ、なんかむかついてきた」
「・・・突然なんだ、おかしな女だな。・・・ああいやお前が特別おかしいのか」
「アナタにだけは言われたくねぇ・・・」
ギリッと歯軋りしたが、そんなことをしてもローさんは本から目を離すわけではないし、お昼の献立が決まるわけでもない。しかしながら敗北したような気分になるのは何故なのか。分からないが彼が原因と言うことだけは分かって、けれどこの人にむかついても徒労なのは早々に学んでいる。
「んーじゃぁパスタでいいですか」
「・・・あぁ、なんでもいい。が、食えるものにしろよ」
「本当にローさんは手厳しいな! 何回か作ってるんだから可も不可もないの知ってるじゃないですか!」
「・・・・・・」
「え? もしかして今まで不味かったですか・・・」
「・・・いや? まあ普通だよな」
「全く。作り手にはもうちょっと感謝してくださいよ」
「アリガトウゴザイマス?」
「・・・・・・ドウイタシマシテ」
もう少し心のこもった労りをしても誰も責めないと思うが、しかしそんなローさんもそれはそれで気持ちが悪いなと思うあたり、彼の通常運転は知れている。
献立が決まったところで、私は台所で準備を始めた。ご飯作りはもっぱら私の仕事で、ローさんはといえば時々、なんていうか本当に気まぐれに掃除をしてくれたりする。その基準が良く分からないのだが、最初に掃除をすると言い始めたときは「埃が気になった」とかいうあたり綺麗好きではあるようだった。私はまめではないにしろ、掃除をしていないわけではないのである。だから本当にきっかけは些細らしくて、次は少し散乱していた本棚を片付けていて「読んだついでだ」とかいっていた。まぁ、本当に思い立ったらやっている、と言う感じだが、部屋が綺麗になっていくのはありがたいことなので特に何も言わなかった。
「・・・うーん、いつもだけど深さがないのは仕方ないな」
そういったのはお鍋のことであった。パスタはある程度深さのある鍋でゆでるといいのは知っているのだが、うちにはパスタ鍋なんてものは残念ながらない。いつもだったらそんなことは気にしないのだが、どうにも「食えるものにしろよ」という言葉が引っかかっている。いやまて、今までだってこの鍋で作ってきたんだから、大丈夫だとは思うし、鍋の深さで左右されるほど、私は料理下手ではないはずだ。うん、大丈夫なはずだ。パスタなんてちょっと塩とオリーブオイルを入れて、かき混ぜながら時間通り茹でれば誰だってできるのだ。
「って、そのパスタ出してないじゃん」
そう、大丈夫だと思ったのもつかの間、肝心のパスタを棚にしまったままだった。いつもなら鍋を火にかける前に出しているのに、今日ばかりは考えに気を取られていた。パスタはちょうどコンロの下の棚にしまっているので、万が一でも危なくないようにといつもは最初に出しているのに。仕方が無く火を止めて、慎重に棚を探った。の、まではよかったのだが。やはりというか、普段と違う手順を踏むと言うのはつまりはそういうフラグらしい。立ち上がった瞬間だった。
「・・・あ」
と思った瞬間鍋の取っ手をひっかけていた。わあいやっちまったー!と思った直後に鍋が傾く。私はこんなドジッ子だったかとも思うが、スローモションに見えたのも一瞬で溢れるお湯は避ける間もなく、床へ広がった。
「・・・っまずい」
慌てて体を飛びのけたが床に広がるお湯が足にかかってしまった。しかし七部丈と素足だったこともあり服の上からかからなかったのは幸いである。そして火を止めていたのも幸いか、湯は煮立っていたわけではなかった。が、遅れて少しだけヒリヒリとした痛みに襲われた。
「っつー・・・」
「おい、なにをしている」
「うえあローさん!」
しばし茫然としていると上から声がかかる。彼は一瞬目を見開くとすぐさまこの状況を理解したようで思いっきり舌打ちをした。その舌打ちにびくりとしてしまうのは、たぶん自分が一番この状況を情けなく思っているからだ。そして彼は次の瞬間にはもう私をサクッと担いで風呂場に連れて行った。そして私を立たせたまま水を出し、本人は濡れるのを厭わずしゃがみながら患部を支えてそこにさらしていた。その素早い一連に呆気にとられるが、そういえば彼は医者だったといっていたことをぼんやりと思い出す。死の外科医だけど。でも成る程、お医者さんの取る行動もやっぱり冷水なのかと変に感心したときだった。
「この馬鹿」
「あいた!」
ぺしりと膝より上あたりに軽い衝撃が襲ってきて、すぐに彼にはたかれたのだと理解する。おずおずと見下げるが彼は患部を見ていて顔をしかめているだけだ。そんな手荒さを持ちながら、叩かれた部分はちゃんと患部を避けていた。なんだか、それだけでとても悪いことをしてしまったような気分になってしまって、どうしたものかと大人しくされるがままになるしかない。普段は見れないだろう彼のつむじを、居心地悪く見つめる。
「チッ・・・料理もまともにできなくなったか」
「えぇぇひどいな!これは!・・・これはちょっとあれだよ、うん・・・・・・いや、ごめんなさい・・・」
「・・・お前はこういうとき本当に言い訳が下手クソだな」
「うぅ・・・」
そもそもこういう場合、何を言っても言い訳にしかならないのでは?、とも思うので何も反論できやしない。しばし水が流れる音だけが響いて、なにか言葉をかけたほうが言いかと思ったとき、ぽつりと彼が呟いた。
「痕に、・・・いや・・・」
「ん?」
彼の言葉は確かに聞こえていて、しかし不自然に途切れた音を不思議に思ってどうしたのだろうと彼を見る。すると彼は随分と苦々しい顔をしていて、やっぱり迷惑をかけてしまっているのかなぁと、例え彼のご飯を用意するためだったとはいえ、少なからず申し訳なく感じていた。
「えと、ローさん。ごめん、なさい?」
「・・・何に対してだ」
「え、いや、迷惑かな、と」
「違う」
思わず漏れた謝罪だったが、しかしその切り返しに困惑した。彼の口調はとてもキッパリしていたので、迷惑をかけているとばかり思っていたが、本当に違うのだろうか?そういう思いを込めて不安げに彼を見上げれば、ローさんは盛大にため息をついていた。ちょ、なんかひどいな。
「おれのことよりも、お前はもっと存分に注意をしろ」
「え?」
「おれに謝るより前に、もっと自分の過失を反省しろと言ってるんだ」
そうやって相変わらずきっぱりとした口調で告げられて、私は言葉が出なかった。それは、まさしくその通りで、私は自分が引き起こしてしまった、いわば自業自得のことなので、まあ仕方ないかと案外気楽に考えていたのだ。火傷を負ったことも、重症ではないのでまぁいいかぐらいにしか考えていなかった。ただ、そのせいで彼の手を煩わせてしまったというのだけが申し訳ないだけで。でも、ローさんが言うに、たぶん、そうではなくて。こうならないようにもっとあらかじめ注意しろといっているのだ。もちろん、自分だって進んでこんな目にあいたいわけではないが、彼は私のそう気楽に思っていた考えの甘い部分を指摘したのだ。そしてそういわれてしまうと、私は途端に自分の注意散漫を恥じるしかなかった。
「ごめ・・・なさい。もっと気をつけ、ます」
「・・・分かったならいい」
息を吐いた彼は私の足を放し、救急箱のありかを聞いてきた。それに答えればもう少し冷やしていろとのお達しで、何から何まで申し訳ないというか。
「こっちにこい」
「うん?分かりました」
そういって水を止める。痛みはおさまっていたが、片足がとても冷たくなっていた。彼に言われたとおりにリビングに行けば、ソファに座るように指示される。そして足を出せといわれれば、素直に従うしかない。
「・・・痕にはならないと思うが、もし水泡になってもできるだけ破いたりするな。なったらおれに言え」
「は、はい。了解です」
てきぱきとした口調と手さばきに彼はやはり医者なのだと実感する。綺麗に手当てされた患部を見てほぅと感心する。
「すごいですねローさん、本当にお医者さんだった」
「・・・大したことじゃないし、本当に医者だ」
「海賊だけど?」
「海賊だけどだ」
そういうローさんは謙遜とか気負いがなくて、本当に事も無げだった。けれどそうは言っても、自分にはない技術を持っている人間というのはどうしても素晴らしく映るというものだ。
「大したことじゃないとか言わないでくださいよ、こんなテキパキしてるのに」
「そうかよ」
言葉は変わらず平坦だが彼は口の端を上げていたので、私の気持ちは伝わったのだろう。しばし無言になって、そうだ昼食の続きだと立ち上がろうとすると、しかし彼はそれを阻むようにするりと私の頬に手を当てる。うん?と思ったが、この雰囲気は知っている。時々、彼は戯れのように私に触るのだ。まるで猫を可愛がるかのように頭をなで、頬をさする。何が面白いのか知らないが、彼は目を細めて気だるげに私に触れるのだ。最初こそびっくりして彼に問うたのだが「黙っておけ」と一蹴されてからは、言われるとおりに黙っている。というのも、もしかしたら彼だって、元の世界に戻れなくて寂しいのかな、とかそんなことをつい思ってしまったからだ。口に出したらたぶん睨まれるしかないので言葉にはしていないのだが。
「ローさん楽しいですか」
「・・・つまらなくはないな」
「もー私を玩具にしないでくださいよ」
言いながら、でも彼は一向に撫でるのを止めない。指の腹で頬を撫でている。それがくすぐったくて頬を膨らませれば押しつぶされて笑われた。しかしまったくもう、と油断したときである。つう、と指先が首筋を辿った。
「っ!?」
ビク、と反応してしまい咄嗟に首に手を当てて身を引いてしまった。けれどなにが起きたかとかいうより、そんな大げさな反応を取ってしまったことが恥ずかしくて、私は口をぱくぱくしながら軽く混乱していた。な、なんでこんな飛び上がるような真似をしてしまったんだ。これでは、これではまるで、私が。
「・・・面白いもんが見れた」
「ローさんん!」
「お前は少し、警戒心を持た方がいいだろうな」
ニヤリと笑って立ち上がると何事もなかったかのように彼は救急箱をしまいに行ってしまった。一瞬遅れて、言われた意味を理解しそうになって、慌てて頭を振った。
しばらく唸っていると、そんな挙動を薬箱をしまって戻ってきた彼が少し遠目から楽しそうに見ている、から。
多少、顔が赤くなっってしまったのは、仕方が無いはずだ。
本当に咎めたかったのは、お前のその、 。